018:ハーモニカ
彼がハーモニカを吹いているのを聞いたのは、これが初めてだった。
彼が吹いてるのは、僕が好きだと言った曲。
「生で聞くとこんな音してるんだ」
ぽつり、と呟いた。
高くて研ぎ澄まされたような主張された音は僕にとってちょっと意外だった。
「あれ?生で聞いたことないん?」
「うん」
「幼稚園とかでやらんかった?」
彼にとっては僕がハーモニカの生音を初めて聞いたということが意外なようだった。
「やってないよ。鍵盤ハーモニカはやったけど」
きょとん、とした顔で僕が言うと、今度は彼が不思議そうな顔をする。
「知らん?ピアニカってやつ」
さらに言葉を足すと、やっと合点が行ったような顔をする。
「あぁ。ピアニカね。知っとる知っとる」
「あれ、正式名称、鍵盤ハーモニカって言うんだよ」
「へぇ」
知らないことを知ったとき、彼はものすごく感心した顔をする。
そういう正直なとこがすきなんだけど。
一通り感心した後、彼はまたハーモニカを吹き出した。
少し軽いリズムの明るい雰囲気がするメロディだと思っていたが、生音で聞くと少し脆さを感じる。
やっぱり人の息で出された音だからだろうか。
この曲の歌詞はどんなんだったっけなぁ。
人に憧れる歌だっけ。
胸が痛くて痛くて壊れそうなほど、憧れて。
もしもこの想いが叶わぬものなら・・・
叶わぬものなら・・・、なんだっけ。
少し考える。
きっと変な顔をして固まっていたんだろう。
彼が吹くのをやめて、僕のとなりに来た。
「どしたん?」
きっと彼ならすぐ教えてくれるだろうが、人に教えてもらうって言うのもなんとなくシャクなので、
「いや、大丈夫」と応える。
「?」と疑問をそのまま表情に出すが、気にせずまた曲を吹き出した。
窓は開いていて、カーテンが少しだけ揺れていた。
ほんとは体温の低い僕にはこれでも暑いのだけど、貧乏な一人暮らしだから、あまりクーラーもつけていられない。
近所迷惑かな、とか思いながら窓を閉めなかったのは、きっとこの空間にもう少し浸っていたかったから。
クーラーの小さな稼動音でさえ、きっとこの空間を壊してしまうような気がしたから。
「すき」
ぽつ、と呟いた言葉が何に対して向けられたものなのか、自分でも少し迷うものがあったが、彼は一言
「うん」
と答えた。
いつもは不満に思うその反応なのに、今日はやけに満たされた。
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