059:グランドキャニオン
「ねぇ、しょーたー、グランドキャニオンって知ってる?」
なつめに唐突に尋ねられて戸惑ったものの、僕は素直に答えた。
「知ってるよ。アメリカにあるヤツでしょ?」
「そうそう」
狭いソファの上で、器用に寝返りを打ちながら彼女は僕を見る。
僕は作っていたレポートを中断して、インターネットを立ち上げた。
グランドキャニオンが紹介されているHPを開けると、なつめは僕の横にやってきた。
「そうそう、これこれ」
そこには、青空の下にどこまでも続く山々とその間に深く刻まれる峡谷。
また、それらを黒いシルエットにする朝日の写真が載っていた。
一通り説明読んだ後、
「へー、"侵食はまだ続いている"、だって」
と一部を読み上げた。
深い峡谷を作り上げたコロラド川は、現在も尚グランドキャニオンの表面を削り続けているらしい。
まぁ、水が地表を流れれば地表は水に侵食されていくというのはどこの川でもあることなのだろうから、グランドキャニオンだってその例外であるわけもないのだろう。
なつめはじっと青空の下の峡谷を見つめている。
その黒い線のさらに下を流れるコロラド川が岩肌を削っていく様を思い描いているのかもしれない。
「…見に行きたいなぁ」
「え!?」
ぽつりともらされた一言に必要以上に反応してしまった僕は、なつめを思い切り振り返ってしまったが、
なつめは尚その写真から目を離さない。
「だってさ、いつかはこれが全部崩れちゃうかもしれないんだよ?
大雨とかがずっと続いてさ、そしたら侵食がひどくなって下からドババババアァァーーーッ、ってなるかもしれないじゃん?
だったら、今の内に見に行きたいなぁ」
もしそんなことになるとしても、そんなすぐにはならないと思うけどなぁ。
なんてことは言わないでおいた。彼女の目は真剣だ。
なつめには、こういうところがある。
元通りにならないものは、見ておきたいというか。ナマモノに執着があるというか。
花火とか、夕焼けとか、三日月とか、繰り返されていてもけして同じでないもの。
それ自体が同じであっても、いつ見るか誰と見るかで変わって見えるものというか。
日常のものから、季節柄のイベントだったり、日本三景とか観光的なものに至るまで、直接、自分の眼で見ることを大事に思っているのだ。
だから、実際今すぐ行くかどうかはともかくとして(そこまでの行動力はなかったと思うが)、"行きたい"という彼女の願望は本物なのだろう。
「…そうだね。なつめが行くんだったら、僕も行きたいな」
青空の下、どこまでも重なり続く岩肌、そしてそのはるか下を流れるコロラド川。移りゆく太陽の光によって刻々と表情を変えていくというグランドキャニオン。
僕一人で行ってももちろん感動モノだろうけど、なつめとだったら他の誰と行っても得られない何かを感じれるような気がする。
もし、なつめも僕と同じように思ってくれてるんだったら、なつめの行きたいというところ全てにいっしょに行くのもいいと思う。
そんなことを考えたとき、なつめが写真から目を話して僕を見た。
「うん。行くんだったらしょーたと行きたいな」
繰り返される全ての1回限りを君と見ていけたらいいと思う。
100題とっぷに戻る