060:轍
この町では、冬のうち雪が積もってない日を数えたほうが早い。
雪かきをして、除雪車が通って、人が歩いて、車が通ったあとを、一晩のうちにまた雪が消してしまう。
「お。今日は晴れてるわ」
朝、カーテンをあけて見上げた空はめずらしく青い空だった。朝は、ごはん党なので真っ白ごはんと味噌汁をかき
こむ。そのへんのオンナノコのように時間をかけて化粧なんてしないけど、とりあえず髪だけはちゃんとまっすぐに
なるようにしてみた。でも、先っぽで必ずうにょん、ってはねるんだけど。
紺のセーターを着て、紺のダッフルコートを着て、マフラーとかばん、それからお弁当とカイロ、リップクリーム。イロ
イロ両手に抱えて、とりあえず家を出る。家の門の外には、3軒隣りの大吾が毎朝迎えにくる。
「さーくらー」
「はいはーい」
すでにうちの前に止まっている自転車の前かごに荷物を入れる。大吾の荷物が下になっちゃうけど、まぁそこは気
にしない。マフラーを巻いて、カイロはコートのポッケに入れて、チャリの後ろに腰掛ける。
「うし、おっけー」
あたしの合図でチャリは動き出した。
大吾とあたしは幼馴じみってやつだ。あたしが5月、大吾が10月に生まれてからのご近所さん。幼稚園より前から
ずっといっしょに遊んで、幼稚園にいっしょに行って、小学校・中学校、今年の春から高校もいっしょだ。周りから見
れば当然のように、あたしにとってはウソみたいに、去年の冬からあたしたちは恋人同士だ。小学校までは歩いて
通っていたんだけど、中学校からは少し距離もあるのでバスで登校している。部活で遅くなる大吾は、バスもなくな
るので自転車で登下校しているのだが、朝はあたしを後ろに乗っけてってくれる。こんなに近くにいるのにまだ足り
ないのか、なんて言われるけど、あたしはこうやって大吾の後ろに乗るのがすきだったりする。
昼過ぎから雪が降り始めた。
「天気予報では言ってなかったのに…」
そんなことを言ったってしょうがないんだけど、ついつい空をにらんでしまう。降り始めは小さかった粒も、下校時刻
には結構な大粒になっていた。学校から自宅まで歩いて30分強。傘なしで歩いてたらちょっとした雪女になれそう
だ。でも大吾は今日は部活だし、バスは行っちゃったばっかりで当分来ないし、歩いて帰るしかない。
マフラーをしっかり巻いて、ポケットの中のカイロを握り締めて下駄箱から外へ出ようとしたとき
「さくら!」
コートもマフラーも抱えたままで、大吾がやってきた。
「今日、部活なくなったからいっしょに帰るぞ。すぐチャリ持ってくるから」
自転車の上では、たあいのない話が続く。今日の世界史の授業で隣りのコがまるまる1時間寝てたとか、生物の先
生はカッパに似てるとか。大吾は一生懸命自転車をこいでるから相槌しか返ってこないけど、ちゃんと聞いてくれて
るのは分かる。ふと後ろを振り返ると、自転車の後が雪の上にきれいな1本線を残していた。多分、人の足跡もあっ
たのだろうけど、雪が覆い隠してしまったのだろう。黒い線しか道にはなかった。
でも、きっとこの轍もすぐ消えてしまう。
やむことなく降り続く雪によって消されてしまう。
いつかあたしと大吾のこんな毎日も消えてしまうの?
つい、大吾のコートをきゅっとつかんでしまった。
大吾が少し振り返ってすぐに顔を前に戻した。
「早く春になるといいな」
黙ったまんまのあたしを気にするふうでもなく、さらに言葉を続ける。
「そんで川岸の桜見に行こう」
この町に少し遅く来る5月、毎年あたしたちは家から歩いて10分のところにある川岸の桜を見に行く。
あたしの名前の「さくら」は「咲良」と書く。
うちの町では、あたしの生まれた5月に花がいっせいに咲き始めるからこういう名前になったんだけど、小さい頃、
大吾はあたしの名前の「さくら」を「桜」の意味だと思っていたらしい。それからほんとのことを知って、何年も経って
大きくなってからも大吾にとって桜はあたしの花だ。
空から降る雪が少し大粒になった。構わず大吾は言葉を続ける。
「そんで、次の年も次の次の年もずっと見に行こう」
思わず大吾の方を見た。大吾は相変わらず、まるで何もなかったかのようにまっすぐ自転車をこいでる。
「……ぷっ」
「…っ、な!!笑うとこじゃないだろ!!!」
大吾は耳まで真っ赤になってた。
雪の中にできた轍はきっとすぐ消えてしまう。
やむことなく降り続く雪によって消されてしまう。
でも大丈夫。
きっと来年もこの町には雪が降る。
きっと来年もあたしの隣りには大吾がいる。
そして毎年、うっすらと積もった雪道にあたしを乗せた大吾の自転車が轍を描く。
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