選ばれなかった人。



今までにこれほどまで神という存在を恨んだことはなかった。


人のいない市街地はひっそりとしていて、
ゴミをあさるカラスや猫でさえ姿を消していた。
通りを走る車の影もなく、
今まで見てきたどの景色よりも異様という言葉が似合っていた。

この小さな島国に突如はやった原因不明の伝染病は、あっという間に子どもから老人 まで多くの命を奪っていった。
人々が伝染病に気付いたときにはすでに遅く、感染経由さえ分からぬまま感染していた。
この国から逃げ出そうという多くの人を乗せた飛行機は、感染を恐れた同盟国によって撃ち落とされた。
船を使って逃げ出そうという人もいたらしいが、失敗に終わったらしい。
人の噂だが、海の向こうに大きな水柱を見た人がいるというから。

出口を絶たれた人々はせめてこれ以上の感染を防ごうと、みな家に閉じこもったが、どういうわけか次々と感染し、家の中で死んでいった。
TVをつけても、ほとんどのCHはやっておらず数少ない報道の使命にかられた人たちが、ほんとかどうか分からない情報を流している。

僕が、この伝染病騒ぎを知ったのは、すでに人々が出口を失った後だった。
ここ2、3ヶ月ほど家から出ず、TVも見ず、部屋にこもって惰眠を貪ってばかりいた。
2週間に一度買出しに出かけては、冷凍食品や駄菓子類を買い込み、また家にこもる。そんな生活を続けていた。


きっかけは両親の死だった。
交通事故で死んだ。
仲のよい夫婦であの日も二人でドライブにでかけた。
前を走る積載量オーバーのトラックから降ってきた鉄骨に潰された、
ということを知ったのは、彼らを見送ってから5時間後のことだった。
振り込まれた多額の慰謝料と保険金。
失ったものと与えられたものがイコールで結びついていることが信じられなかった。

生きるということがどういうことかわからなくなった。
今、自分がここで呼吸していようが、ここでのたれ死のうが、何も変わらないような気がした。

そんなことを考え出した9回目の買出しの日に、スーパーの中に誰も居ないことに気付いた。
電気の供給は絶たれていないのか、自動ドアは開いたし、冷蔵棚も稼動していた。
とりあえず、必要な量だけ買って、適当にレジを打って、金はレジの中に入れてきた。
家に帰ってひさしぶりにテレビをつけて今回の騒ぎを知った。
国中の人がばたばた死んでいるというのに、なんで僕は生きているのだろう。

死は怖くなかったし、寧ろ死を望んでいたのかもしれない。
ふらふらと街を歩いてみた。
どこを歩いても人はいなかったし、
鳥の声すらしなかった。
自分ももしかしたら感染して死ぬことができるかもしれないと期待していたが、
何時間経っても痛くも苦しくもならない。

バカ高いビルの前にある小さなベンチに座って空を仰いだら、
とても青かったからこれは夢ではないかと思った。
目を一度瞑って開けてみたが、景色は変わらなかった。

こうやって自分はおいていかれるのだ。
1人ここに取り残されてしまうのだ。
誰にも一緒に連れてってもらえないのだ。

そう思ったとき、
泣き声が聞こえた。
泣き声というよりは嗚咽に近いような。

とりあえず、僕は走った。声の元へ。
ビルの陰、狭い路地裏でその子は泣いていた。
見つけたとき、自分以外の人間がいることに驚きと恐怖を覚えた。
さわったら、声をかけたら消えてしまうような幻なのではないか、と。
それでも声をかけずに居られなかった。
「どーした?」
我ながら気の利かない言葉だったと思う、がこれしか出てこなかった。
僕の声を聞いて、その子は驚いたように顔をあげた。
16、7くらいの女の子だった。
ずっと泣いていたのか、顔中濡れていたし、まぶたは腫れていた。
そのぐちゃぐちゃの顔と、嗚咽交じりの声が、これは幻でないと僕に確信させた。
「おにーさん、誰?」
「しょうた。君は?」
「・・・なつめ。」
始めの会話はこんなもんだった。

それから数日、僕となつめは一緒に暮らしていた。
邪推はやめてほしい。
ただ、誰も居ないこの場に取り残された者同士が寄りそっているだけだった。
ベッドはいっしょだったが、寄りそって、手をつないで眠るだけ。
僕らはただ独りぼっちでないということを、確認せずにはいられなかったのだ。

なつめは、いまどき珍しいほど幼い雰囲気を持っていた。
素直に感情を表し、笑い、僕に久々のやすらぎを与えてくれた。
始めこそ戸惑ったが、今や彼女という存在は僕になくてはならないものだった。

ある日の晩、なつめが寝付いたのを見計らって、ベッドを出た。
なつめが来てから一度も見てなかったTVを見るために。
本当かどうかわからない情報でも、ないよりマシかもしれないと思ったからだ。
放送しているCH数は以前よりさらに減っていた。
明らかにアナウンサーではない人がTVで喋っている。
アナウンサーも尽きたのか。
そんなことを考えていたら、信じられない言葉が流れ出した。
「・・・A国とC国はこの病気の感染拡大を防ぐために、明日、我々の国に核ミサイルを撃ち込むことを決定した旨がさきほど、A国大統領より発表されました。」
・・・・・核ミサイル?
って、あの半径数キロを焼け野原にするやつだよな。
きのこ雲が出て、その後はペンペン草さえ生えないっていう。
あれが、落とされる?
僕らの上に?
僕と、なつめの上に。

背筋に悪寒が走った。
そして、目の前が真っ暗になった。
今まで自分の人生なんて終わってもいいと思ってきたのに、
どうしてこんなに絶望を感じるのだろう。

とりあえず、TVを消してベッドに戻る。
なつめは寝息一つ乱れず寝ていたが、僕がベッドに戻ると少し目が覚めたようだった。
「どーしたの?」
寝起きの擦れた声で尋ねてくる。
「いや、少し喉が渇いてただけ」
嘘をついて、笑顔を作った。
するとなつめは、やわらかく笑ってまた眠りについた。
なつめの繰り返す呼吸を聞くともなしに聞いているうちに、
自分がなぜ今まで選ばれなかったのかがわかった。
この時のためだ。
最後になつめが笑っていられるように、安らかな時を過ごせるように自分がいるのだ。
目が覚めたようだった。

翌朝、僕らはいつもと変わらず過ごした。
街に出かけ、少しばかり買い物をし、家に帰ってなつめの作った御飯を食べた。
ただひとつ違ったことは、僕がなつめの飲むジュースに無人の病院でくすねた、軽めの睡眠薬をいれたことだった。
昨日のTVの情報では、僕らの頭上にアレが降ってくるのは、こちらの時間で午後21時だという。
19時半に御飯を食べ終わって、20時過ぎにはなつめは眠りについていた。
睡眠薬のおかげもあるだろうが、満腹感も手伝ったのだろう。
抱き上げて、ベッドに寝かせる。
する必要もないのだろうが、晩御飯の片付けと、少しばかりの部屋の整理整頓をした。
もし、TVの情報がガセで済んだなら、また明日からここで僕となつめは暮らしていくから。
ずっと、なつめと暮らしていくから。
20時50分には整理、掃除も終わり、僕は寝室へ戻った。
なつめはぐっすりと寝ている。
なつめの隣に身体をもぐりこませて、なつめの手を握ると、やわらかく握り返してきた。
なつめの口元はとても穏やかな笑みを浮かべている。
あぁ、とてもしあわせな気分で穏やかに眠れそうだ。
電気を消して、僕は数分もしないうちに眠りの世界へ落ちていった。






くがやなみさんにいただいたリクエストで、「選ばれなかった人」でした。

えらい長くなってしまって恐縮…。